2010-12-13

韓国夫婦別姓事情―なまえのはなし#2

韓国は伝統的に夫婦別姓の国として知られていますが、これは現代的な意味での男女同権によるものではなく、彼らが父系血統の継承を非常に重視することによります。韓国では基本的に、男系の姓が継承されてきました。つまり子どもは、父母の姓のうち父親の姓を受け継ぎます。そして、父から受け継いだ姓と本貫は出自の証であり、基本的に一生変わることはありません。結婚して も、離婚しても、再婚しても変わらないのです。まさにアイデンティティの象徴といえるかもしれません。とすれば、やや誇張的かもしれませんが、名前が変わるということはある意味で別人になるに等しいようなことであり、それゆえに名前を変えることへの心理的抵抗は日本人よりもはるかに強いのであろうと考えられます。

ひるがえって、日本では結婚や離婚、養子縁組などで名前はいくらでも変わります。結婚すればたいてい男性側の氏を選択することになる日本女性からすれば、結婚だの離婚だのでいちいち名前が変わらなければ諸々の名義変更の煩わしさがなくていいなと思いきや、そう単純な話ではないわけで、件のガイド嬢ナさん(#1参照)曰く、父と子の姓が違う場合など事情が複雑なのだ、と。例えば、女性が離婚し子連れで再婚すると、父・母・子全員の姓が違うことがあり得るのですが、そうすると父子は血のつながりがなく、母には離婚歴があることが一目瞭然になる。あるいは、母の姓を名乗っていると、父のいない子(未婚の母の子)と知れてしまい、様々な偏見にさらされることになってしまう、というのです。

ちょっと脱線しますが、「怪しい三兄弟」というドラマの中で、未婚の母であるオム・チョンナン(ト・ジウォン)が息子ジョンナムのことを、「あの子には名字もない。ジョンナムに立派な父親をつくってやりたい」と不憫がる場面がありました。あえて母である自分の戸籍に入れずに今まできた―つまりジョンナムは無戸籍―ということで、それってちょっとマズいんじゃ…と思うわけですが、子どもが受けるであろう偏見を考えると、そうせざるを得なかったという親心の表れなのでしょう。それだけに、いつかわが子に立派な父親を、との思いは強 く、超弩級の嘘つきでモラルゼロのお騒がせ女チョンナンも、息子がバカにされたりないがしろにされると、相手が誰であれ絶対に黙っていません。紆余曲折を経て、チョンナンは三兄弟の長男キム・コンガン(アン・ネサン)と無事結婚、子どもは晴れてキム・ジョンナムになります。キム・コンガン、オム・チョンナン、そしてキム・ジョンナムの3人が1つの戸籍に登録された証明書を見て、孤児院育ちで家族と縁のなかったチョンナンが思わず涙ぐむシーンには、ホロリとさせられました。

また、かの「冬ソナ」(いちおう見た)では、主人公カン・ジュンサン(ペ・ヨンジュン)の母カン・ミヒ(ソン・オクスク)が、交通事故で記憶喪失になったチュンサンに偽りの記憶をインプットしてまで別人イ・ミニョンに仕立てるわけですが、そこには未婚のまま私生児としてチュンサンを生んだことへの後ろめたさがあり、(自分とは違う姓を持つ「イ・ミニョン」にすることで)チュンサンに父親を与えてやりたかった、というくだりがありました。いくらなんでもそれはやりすぎやろ、というツッコミはさておき、伝統的に夫婦別姓を旨とするこの国で、子どもが父親の姓を名乗れない場合に社会の中で受けざるを得ない有言無言の圧力の大きさを物語っているようで、「怪しい~」のチョンナン&ジョンナムの話ともども興味深いエピソードでした。韓国でも離婚や未婚が増えているとはいえ、日本に比べればまだまだ世間の風当たりが強く、当事者にとってかなりデリケートな問題のようです。

なお、これもナさんに聞いたのですが、近年、法律が改正され、子は父母どちらの姓を名乗ることもできるようになったとのこと。また、場合によっては姓を変えることも可能になったようです。実際にどのぐらいの割合で母方の姓が継承されているかは知りませんが、何よりも重んじられてきた男系の系譜に対し、女系はほとんど重んじられることがなかったことを考えると、これは韓国の強力な家父長制の変容を象徴する動きといえるのでしょう。

参考
http://www.konest.com/data/korean_life_detail.html?no=1634

#1(どこのキムさん?姓と本貫) を読む
#3(姓と氏) を読む

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