2009-09-23

花の都というよりも…

石の都ですよ、フィレンツェは。街はすべからく石、石、石。通りには街路樹もなく、花もない。Fiore(花)に由来する名をもつけれど、実際にはけっこうカタイ街ですよね。私は、石と遠近法の街、と勝手に呼んでいます。





(左上)Basilica di Santa Maria del Fiore(Filippo Brunelleschi他設計/1436クーポラ竣工)
(右上)Palazzo Vecchio(Arnolfo di Cambio設計/1314竣工)
(下)Palazzo Medici-Riccardi(Michelozzo di Bartolomeo設計/1464竣工)

さて、フィレンツェ未経験の相方は、出発前、「フィレンツェって、何がそんなにスゴイん?繁栄してたのはルネサンスの頃だけやろ…」と申しておりました。「何って…まあ、ルネサンス関係だけでも見るところが山ほどあるねんよ。ウフィッツィやドゥオーモだけじゃないねん。それに、どっかの高級ブランドの本店もあったと思うし…」

予想外のツッコミに、いまいちパンチを欠いた返答をしながら、なるほど、その疑問も一理あるかも…と思いました。相方の言うところによると、ヴェネツィアは曲がりなりにも1000年にわたって共和国としての独立を保った。ローマも紆余曲折はありながら2000年にわたって都であり続けている。しかるに一方、フィレンツェの繁栄は、そう長くはなかった。そのフィレンツェが、ルネサンス発祥の地というのは分かるにしても、なぜローマやヴェネツィアと並び称されるのか?

畑違いの人の視点から、そういう見方もあるなぁ、と気づかされることはよくありますが、今回の相方の発言は私にとって、まさにコペルニクス的転回。芸術関係をやっていると、ここからルネサンスが発祥したこと、この地からどれほど多くの芸術家が輩出したかなど、フィレンツェのプライオリティは自明の前提になっていて、何がスゴイ?とあら ためて疑問に思うことは一度もなかったので。フィレンツェはスゴイ、を前提に話が始まるのでなく、フィレンツェの何がスゴイ?という疑問から始まる視点は、新鮮でした。

私の事前説明にはいまひとつ納得していなかった相方ですが、今回、三都の中でいちばんよかったのはフィレンツェとのこと。予想を超える(ルネサンス芸術の)ボリュームに圧倒されたようでした。フェラガモの本店があるなど街には現代的な活力もあり、過去の栄光だけでもっているわけでもありません。その点にも敬服したようです。

「ついでに言うと、フィレンツェって花が多いわけやないねんな。」「ああ、ちゃう、ちゃう(笑)。そういう意味でいえば、むしろ石の都やね。でも、街の風貌がどうであっても、この街自体がやっぱり“華”なんやと思うわ。」このコトバにはすんなり納得してくれました。

ターナーとヴェネツィア

今回ヴェネツィアに行って、私はターナー(Turner, Joseph Mallord William, 1775-1851)を思い出しました。イギリスの画家ターナーは、何度か大陸に旅行をし、特にイタリアには強い影響を受けました。とりわけヴェネツィアを愛し、代表作となる風景画も数多く残しています。


 

J.M.W.Turner 《税関とサン・ジョルジョ島、ツィテッレ》 (1842)

古典文化の薫りと太陽の光あふれるイタリアは、芸術家にとって憧れの地であり、めざすべき修業の地でもありました。特にドイツやイギリスなど北方から来た画家にとっては、風土も伝統も違う芸術先進地イタリアでの体験が、その後の画業に決定的な変化をもたらすことがめずらしくありません。イギリス人ターナーにとっても例外ではなく、イタリアでの経験は彼の絵画を大きく変える契機となります。

ターナーは、卒論と修論のテーマとして取り上げた画家で、当然ながら彼のイタリア体験についても触れたわけですが、私はまだイタリアに行ったことがなく、イギリスから来たターナーがイタリアの光に受けたであろう衝撃がいかほどのものであったか、正直なところピンときませんでした。当時の私の海外旅行経験は、真冬のロンドンに1週間行ったことがあっただけ。そのとき、日照時間が短くほとんど青空の見えない空、かなり陰鬱な(冬の)イギリスの気候を少し体験し(それは実際、気の滅入る体験でした)、こういうところに住んでいれば自ずと光に憧れる気持ちは強くなるだろうなあ、とは思いました。しかし、自分自身が日照時間の長い西日本(大阪)に住んでいるためか、光少ない土地の人がどれほど光を求めるか、それが芸術にどれほどのインパクトをもたらすかということが、いまひとつ実感できなかったのです。私はイタリアの光が大好きですし、西日本の光とはまったく違うかの地の光に、いつも強い印象を受けますが、光少ない土地に暮らした経験のない私には、渇望に近い光への欲求というほどのものはないと思います。

そのためか、過去のイタリア旅行でターナーを思い出すことはありませんでした。しかし、どういうわけか今回は、しきりにターナーの絵が浮かんだのです。なぜターナーがヴェネツィアをあのように描いたのか、急に腑に落ちた気がしました。ターナーは、ベッリーニよりも、カナレットよりも、他のどの画家よりも、ヴェネツィアのヴェネツィアたるゆえんを描いたのではないだろうか、と。光を受けてきらめく運河や建物、ゆらめく水面に映る街のシルエット。頭上に空を仰ぎ見れば輝く太陽が、眼下に運河を見下ろせば光を反射して輝く水があり、光が光を増幅する。その全体を眺めつつゴンドラで街に近づいていくとき、旅人の眼に映るヴェネツィアのヴィジョンは、空からも海からも光を受けて輝く、夢の浮き島さながらではなかったでしょうか。

イタリアが人の心を惹きつけてきたのは、豊かな芸術や文化と、もう一つはその光ゆえです。その光の魔術をこれほど眩惑的に見せてくれる街は、ヴェネツィアをおいて他にないでしょう。その意味で、ヴェネツィアという街は人類の一つの奇跡であるとさえ思うのです。

駆け足の島めぐり―Murano, Burano, Torcello

今回、初めてラグーナの島々―ムラーノ・ブラーノ・トルチェッロ―を巡りしました。といっても、半日も時間が取れない中での強行軍。「周遊」などとは程遠い、駆け足の島巡りでした。まあ、次回の下見(と言うたびに相方がギクッとする)というところです。

まずは、ガラスの島ムラーノ。かつてガラス職人が閉じ込められていた島として有名で、今も工房やお店がたくさん並んでいます。残念ながら私が行った時間(午後6時頃)には、すでにほとんど閉まっていましたが。何でも本島よりぼったくられるとかいう噂もあるので、買うときには、本島のお店の値段をチェックしておくなどの下調べをしておいた方がよさそう?



島内には、こんな大型オブジェ―ガラスの彫刻があちこちに。
 

 



島の夕暮れ。塔が逆光に映えて…
すでにこんな時間になっていましたが、先をめざしてブラーノ島へ。


 しかし、ブラーノへ着いた時はすでに、このとおり…(下はフラッシュ撮影)



ブラーノは、伝統的なレース編みで知られ、カラフルな家々が並ぶチャーミングな島ですが、私たちが着いたのはすでに日が落ちたころ、しかも次の目的地トルチェッロへ急いでいたので、船着場付近をウロウロしただけでした。

私たちは先を急いでトルチェッロ島へ渡りましたが、すでにあたりは真っ暗。しかもヴァポレットは1時間に1本しかなく、暗闇の中、この寂しい島で次の便までの1時間を過ごす根性はなく、一瞬上陸したものの、結局そのまま乗ってきたヴァポレットに引き返しました。(ということで写真もナシ。)
トルチェッロは「ヴェネツィアの母」ともいわれ、5世紀にこの辺りで最初に人が定住した、いわばヴェネツィア発祥の地。7世紀中頃には司教座が設けられたほど周辺諸島の中心的存在だったのが、9世紀にその中心がリアルトに移ってから荒廃が始まり、12世紀、運河が沼地化した上にマラリアが蔓延したことが決定打となったようです。
今では住む人もほとんどいない、ヴェネツィアでいちばん寂しい島となってしまいましたが、往時をしのばせる立派な教会も残っているとのこと。オリジンを探るのが好きな私としては、三つの中でいちばん行きたかった島なのですが、残念ながら探訪は次回に持ち越しとなりました。しかし!宿題があるというのはよいことです。またイタリアに来る理由ができますから^_-v Ciao a presto!

2009-09-20

まずは大運河から―Venezia逍遥

水の都には、大通りというものがありません。あるのは、大運河 Canal Grande のみ。通りは総じて狭く、細く、路地といった方がいいようなもの。入り組んだ迷宮都市は、不慣れな外来者には、ちょっとした“めまい”を起こさせます。その中を漂うように歩き回るのもまた、ヴェネツィアの魅力なのですが、限られた時間で行動しているときに迷ってしまうと、やはりモッタイナイ。(時間がモッタイナイという感覚、本当はバカンスの時ぐらい忘れたいのですが!)私は方向感覚は正しい方ですが、ヴェネツィアの路地はあなどれない。だから、 時間がかかっても、ヴァポレット Vaporetto (水上バス)を使った方が、結局は早いことも。今回は、24時間券 Biglietto di 24 ore をフル活用しました。
ところで、このヴァポレット、昼間の方が混んでいるという、めずらしい公共交通機関ではないかと。朝は通勤客と思しき人々中心で、ほどほどの混み具合ですが、昼間は怒涛の観光客で満杯。夏なら、朝早~く乗ってみるのも、遊覧船気分でオツかも!

「杭はこのためにあったんか」とは、相方の弁。そう、ゴンドラを繋ぎとめるためです。

エンジン音といえば、モーターボートのそれぐらいしか聞こえない街。そういえば、自転車もあまり走ってないよなあ。(階段状の橋が多いから?)

ヴェネツィアの顔―大運河からサン・マルコ広場を望む。

9年ぶりのイタリア

9年ぶりにイタリアへ行きました。愛して、愛して、愛したイタリアなのに、2001年の冬以来、遠ざかっていました。それが此度の夏休み、たった1週間ながらついにイタリア再訪が叶いました。当初は「北京5日」あたりを考えていたのですが、そろそろプランを固める時期になり、とりあえず空席紹介だけのつもりで旅行代理店に入った瞬間、私の志向が完全にヨーロッパ・モードにシフト、北京は大気圏外へ。フランス周遊も捨てがたかったのですが、結局、私のアモーレ・イタリアぶりが相方を圧倒したのか、「行き先は一任する」との全権委任のもと、ヴェネツィア・フィレンツェ・ローマ三都物語が決定しました。

各都市でのプランは事前に考えていたわけではなく、気のおもくままにそぞろ歩き。結果、実質1~1日半/都市の中に限界までスケジュールを詰め込んだprestoな旅になってしまいました。私自身久しぶりだったのと、相方がヴェネツィアもフィレンツェも初めて(ヨーロッパは20年前の卒業旅行以来)ということで、スタンダード名所もおさえつつ、自分の行きたいところも行きたい、と双方のニーズを刷り合わせた結果です。(ただし相方は、私の行きたいところに引きずり回されたと思っているフシ少なからず。)

添乗員付きのツアーで初めてイタリア(&スペイン)に行ったのは1996年、ローマ~フィレンツェ~ヴェネツィアでした。以後、語学研修付きマニアック系ツアーへの参加や、完全フリーの一人旅を何度か。今回、最初の旅と同じ都市(訪問順序は逆)という意味では、原点回帰の思いがありました。この三都はやはりイタリアの永遠のスタンダードであり、精華でありましょう。イタリアの魅力はこの三都だけでは語りつくせませんが、それでもこの三都なくしてイタリアがありえないのもまた事実。初めてローマに降り立った時の感動と高揚感は、今でも生き生きと心に再現することができます。そんな初めての旅から13年、直近の旅からでも9年も経ち、ヨーロッパの状況も自分の状況も変わった今、同じ街を訪れてどんな思いを抱くのか、私には見当がつきませんでした。もう、あのような感動はないのではないか…という不安も、少しありました。

果たして結果は、、、
そんな心配が杞憂であったことは言うまでもありません。しかし、感じ方はやはり微妙に違いました。その何たるかを現時点で表現しきることは出来ませんが、今回の旅は「タネ」のようなものではないか、そんな気がします。イタリアが自分にとって何であったか、今、そしてこれから何であるのか、そしてどう関わっていくのか。そうしたことをふくらませていくための「タネ」。そこには、やはり自分自身の変化が大きく関わっていました。

過去何度かのイタリア旅行からの最大の変化は、パートナーと二人の旅だったということ。今回、再訪の興奮もさることながら、「二人であること」の意味が予想以上に大きかった。かつて一人さすらうように歩いたイタリアの街を、相方と二人で歩いている感覚は、「不思議」としか言いようのないものでした。人生の旅と空間の旅がクロスオーバーする交差点にいるような!?今回の旅は、これから再び自分の中でイタリアを醸成し、新たに発展させていくための端緒となりそうな予感です。

■旅のあしあと

DATE:6-13 settembre, 2009

domenica 6 settembre
Osaka → Amsterdam経由 → Venezia
空港から最終近くのヴァポレットで移動、真夜中にホテル着Zzz。。。

lunedi 7 settembre
サン・マルコ寺院 Basilica di San Marco
アッカデミア美術館 Gallerie dell'Accademia
ペギー・グッゲンハイム・コレクション Peggy Guggenheim Collection
ムラーノ島 Murano
ブラーノ島 Burano…トルチェッロへの中継、船着場付近ウロウロのみ
トルチェッロ島 Torcello…上陸するもすでに夜遅く、“でん”だけしてトンボがえり

martedi 8 settembre
コッレオーニ騎馬像(サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会前) Bartromeo Colleoni
【ES】Venezia→Firenzeへ
ウフィッツィ美術館 Galleria degli Uffizzi…チケット予約しておらず2h待ち *_*;

mercoredi 9 settembre
サンタ・マリア・ノヴェッラ教会 Basilica di Santa Maria Novella
オンニサンティ教会 Chiesa di Ognissanti
サンタ・マリア・デル・カルミネ教会 Chiesa di Santa Maria del Carmine
ブランカッチ礼拝堂 Cappella Brancacci
パラティーナ美術館・近代美術館(ピッティ宮)
Galleria Palatina, Galleria d'arte Moderna(Palazzo Pitti)
ヴェッキオ橋 Ponte Vecchio
ヴェッキオ宮 Palazzo Vecchio
(サント・スピリト教会 Chiesa di Santo Spirito → 残念ながらchiusa)
サンタ・クローチェ教会 Basilica di Santa Croce
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂 Cattedrale di Santa Maria del Fiore
サン・ジョヴァンニ洗礼堂 Battistero di San Giovanni
アッカデミア美術館 Galleria dell'Accademia
サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局 Farmacia Santa Maria Novella…お土産のジャム&ハチミツ購入

giovedi 10 settembre
サン・ロレンツォ教会 Basilica di San Lorenzo
メディチ家礼拝堂 Cappelle Medicee
メディチ=リッカルディ宮 Palazzo Medici-Riccardi
フェラガモ博物館 Museo della Calzatura Salvatore Ferragamo
【ES】Firenze→Romaへ
ディオクレティアヌス帝の浴場 Terme di Diocretiano
ローマ国立博物館 Museo Nazionale Romano

venerdi 11 settembre
ヴィッラ・デステ Villa d'Este(Tivoli)
ヴィッラ・アドリアーナ Villa Adriana(Tivoli)
トレヴィの泉 Fontana di Trevi







sabato 12 settembre
Roma → Amsterdam経由 → Osaka(13日着)
ホテルから空港までタクシーで行ったので、道すがらコロッセオ Colosseo、フォロ・ロマーノ Foro Romano、チルコ・マッシモ Circo Massimo も拝むことができました。

2009-09-03

ワークショップをふりかえって

先週末の水都大阪2009の参加イベント「水の都大阪から世界へ羽ばたく1・2・3!」は、おかげさまで大盛況でした。個人制作中心のアトリエ、共同制作&パフォーマンスも取り入れたワークショップという、2つのプログラムを用意しましたが、いずれも参加した子どもたちは、こちらの想像以上の集中ぶり、熱中ぶり。誇張でなく「目の輝き」にパワーをもらった2日間でした。




両プログラムとも、「未来をイメージする」「願いをかなえる」をコンセプトに構成。アトリエでは「願いがかなう魔法のつえ/ぼうし」づくり、ワークショップでは、水都大阪から世界へ羽ばたく子どもの将来をイメージしつつ、共同制作した「川」を下って「未来」へ行くというワークを行いました。これは、淀川をはじめとする河川を介した水運とともに発展してきた大阪の歴史と、自分たちが作った「川」に乗って空間ならぬ時間の移動をするというイマジネーションをオーバーラップさせたものです。振り返ってみると、コンセプトとワークがいい具合にかみ合い、未来を思い描くということが、観念的に傾くことなく、ものづくりやパフォーマンスのプロセスを通して子どもたちに伝わった感触がありました。まずは成功といってよいものだったと思います。

「未来」とか「希望」といった類のテーマ、言うは易しですが、ともすると表層的というか抹香臭いというか、ヘタするとスベってしまう可能性があります。敏感な子なら、自分は夢も希望も忘れておきながら、子どもにだけキレイごとを押し付けるとは欺瞞的、などと思うかもしれません。実は私自身、このワークをしながら、「それで、私の未来は?」と自問せずにおれませんでした。いろいろと現実の障壁が見えるようになり、実際カベにもぶつかって痛い思いをしてもなお、未来をポジティブに見据えて今日を生きるのは難しいことです。私は今の状態に満足してはいないし、まだまだ未来を切り拓いていく必要を感じています。それでは、自分の未来を明確に描き出し、他人にも語ることができるか?さらに、それに向けて現実に努力もしているか?そう問われると、Yesとは言い切れない自分がいます。子どもたちに未来をイメージしてもらうワークは、自分の姿をネガのように映し出すものでもありました。

考えてみれば、「未来」は子どもの専売特許ではありませんね。大人こそ、自分の人生の持ち時間をも超えて未来を構想する力を持っているわけですから。子どもたちの「目の輝き」に当てられているだけではあきません。次は、自分も含め、大人の「未来力」UPをテーマにしたワークを考えてみようかな。

2009-09-01

La Luce Italiana ― 指先からイタリア!

友人のネイリストなっちゃんに、「思いっきりイタリア!」なネイルをしてもらいました。先週末、水都2009のワークショップが無事終了し、すでにココロは来週のイタリア旅行(9年ぶり!)に向けてまっしぐら。ということで、「思いっきり“イタリア”を表現して!」とリクエストしました。イタリアの太陽やテラコッタ色の街並みをイメージし、コーラルのグラデーション&ゴールドのラインストーンに決定。アートは左右1本ずつのつもりが、やってもらってるうちにエスカレート、結局10本全部キラキラに。Sunshine of Italy!などと騒いでいましたが、ストーンが増えるにつれ、太陽だけでなく星や月のイメージも湧いてきて、La Luce Italiana(=イタリアの光)と命名しました。
なっちゃんは、ネイルを通じて人の心を豊かにする“ヒーリング・ネイリスト”めざして邁進中。元はカーナビの設計などをするエンジニアでしたが、心機一転、わが道を行かんと大転身。その心意気にも刺激されつつ、気がつけば2時間半におよぶネイルケアを堪能しました。普段ほとんどネイルをしない私ですが、丁寧に色をぬり重ねながら、だんだんと指先に“作品”が出来あがっていくさまを眺めていると、ウットリしてきて、ココロは半ばイタリアへトリップ。かの地の光や空、街のさざめきが脳裡をよぎり、イマジネーションも膨らみました。確かににあれは“ヒーリング・ネイル”だったかも。ということで、指先から一足(一指?)お先にイタリアンです。