2011-06-09

jinsei no karakuri(人生のカラクリ) Kyo&Sam 2人展

昨日、造形作家Kyoさん&Samさんの2人展に行ってきました。

古い時計を使ったダイナミックな機械仕掛けの造形が得意のSamさん、皮の作品や跳躍するイルカのモチーフが印象的なKyoさん。お二人とは最近知り合ったばかりですが、決して平坦ではなかったであろうお二人の人生の軌跡がおのずと伝わる作品もあり、アートセラピーに関わる身にはインスパイアされるところの多い作品展でした。ついでに自分自身の創作欲求掻き立てられ…。また、じぶん流クリエイションをやってみたくなりました。


    


jinsei no karakuri展は、大阪・空堀の art gallery そら で6/11(土)まで開催中。
http://artistsam.exblog.jp/12532120/

2011-06-02

チェロきたる

一昨日、わが家にチェロがやってきました。長いキャリアをもつアマチュア・チェリストの友人が、予備の楽器をしばらく貸してくれることになったのです。思わぬサポートに感激するとともに、毎日弾ける環境が得られたことが嬉しくてたまりません。と同時に、ますますマイ楽器が欲しくなっています。

小学生の姪に触発され、はずみがついて始めた40の手習いですが、チェロのことを考えるとワクワクワクワク。生まれて初めて、心から音楽が楽しいと感じています。音楽とは幼少の頃からダラーっと繋がってきたのですが、ふりかえってみると、心から楽しんだことはなかったような気がします。

子どもの頃、気がつけばピアノを習わされていました。練習は苦痛でした。父が音楽の教師だったので、練習していてもいつも父の目と耳が気になって、心おきなく弾いたことがない。その環境自体が苦痛。ピアノ弾くぐらいなら宿題やってる方がよっぽどキラクでした。

小5ぐらいのとき、ヤッシャ・ハイフェッツの弾くツィゴイネルワイゼンを聴いていたく感激し、ヴァイオリンやりたいなどとホザいた瞬間もありましたが、「で、練習するん?」という親のツッコミの前にあえなく退散。ピアノでさえ嫌々のところに、ヴァイオリンまで加わっては、真面目に練習すると大見得を切る度胸もなく、高い楽器を買ってもらった挙句アッサリ放棄するなんて到底許されないだろうな…と、至極冷静な判断をしたのでした。そして何より弦楽器、特にヴァイオリンは早期英才教育のイメージがあまりに強く、始めるにはもう遅すぎるだろう、と自分から決めつけてしまったところもあります。今考えれば、(プロを目指すのでなければ)十分だったのかもしれませんけどね。

高校に入って、部活(オケ)でクラリネットを始めました。これは自分の意志で選んだ楽器なので、かなりモチベーションは高かったですが、これまた家に楽器があった、という、わりと現実的な選択の結果でもあったので、そうでなければ他の楽器にしていたかもしれません。もっと本質的な理由としては、唇の形がわりあいクラリネット向きであった、モーツァルトのクラリネット協奏曲&五重奏曲が好きだった、ということがありますが、やはり楽器があるというのは大きな決め手でした。

社会人になって楽器を触る機会もほとんどなくなり、特に30代に入ってからはコンサートに行くことすら激減してしまったのですが、いつか音楽を再開したいという気持ちはずっと持ちつづけていました。いつも中途半端だった自分と音楽との関係に、どこかできっちり落とし前(!?)をつけたい、という思いが澱のように胸の奥に沈んでいたように思います。そして、いつの頃からか、40代になったらまた音楽(演奏)を始めよう、と思うようになりました。

今、四十路を若干過ぎましたが、予定どおり音楽を再開することができ、嬉しく思っています。まさか新しい楽器を始めるとは思っていませんでしたが!ン十年ぶりにピアノレッスンを受けてみようか、いや、クラリネットにしようか、etc.あれこれ考えていたのですが、どちらも今ひとつしっくりこず、勢いが出ませんでした。そこへ「チェロやりたい」という姪の言葉と行動力が刺激となり、心の底に潜んでいた弦楽器へのパッションに火がついたようです。

それから体験レッスン、グループレッスン受講、楽器レンタル@友人、とトントン拍子に進み、今やどっぷりストリング・ワールドに浸っています。実際に始めてみて、ああ、もっと早く始めればよかった、と思うことしきり。そして、本当にワクワクワクワク。出来るだけ上達したいし、そのために出来るだけ練習もしたい。こんな純粋な気持ちは、人生初です。ようやく音楽と友達になれたようで、とても嬉しい。いつも音楽は、どこかで苦痛と繋がっていたので。こんな気持ちで音楽に向かい合える時が来た幸せを、今かみしめています。