人生のかなり初期から、細く長~く、ブランクを挟みながらも、完全に途切れることなく続いてきた音楽との縁。楽器もそれなりにいじってきて、これまでにピアノ、クラリネット、チェロの楽器経験があります。現在は、チェロをメインに、ピアノをちょこっと、クラリネットはすっかりご無沙汰ですが、どの楽器にもそれぞれに思い出と思い入れがあるものです。
いずれもそれほど突っ込んで鍛錬したわけでなく、今もそれほど気合いを入れて稽古しているわけではなく、腕前も大したことはないのですが、ジャンルの違う楽器をあれこれかじってきたというのは、自分の中では妙なウリ(!?)になっており、ここらでちょっと自分と楽器の縁をふりかえってみたくなりました。
まずは、ピアノから。
人生の最も初期に出会った楽器であり、最も苦い記憶に彩られた楽器でもあります。
ピアノをいつ始めたか記憶はありませんが、3歳ごろのようです。そんなに小さいころから習っているのなら、さぞ上手かったのでは?と思われるかもしれませんが、早くから始めた割には大して上手くもありませんでした。実際ピアノの練習をするぐらいなら宿題をするほうがよっぽどマシで、学校から帰ったら最優先で宿題。それは、ピアノの練習をしない、自分なりの正当な理由づけでした。それほどピアノが苦痛だったのには、理由があります。父親がピアノの先生だったからです。
父は音楽の教師でしたが、(家族に対しては)たいへんコワい人でした。理念的に厳格とかいうのではなく、感情的に怒るタイプで、怒ったときの剣幕もすごい。レッスン風景だけ見れば、ベートーベンのオヤジ並み!?だったかもしれません。
学校の友だちはよく「(お母さんはよく怒るけど)お父さんは優しい」と言っていましたが、うちの父はとにかくコワかった。そんな父のレッスンは苦行以外の何物でもなく、特にピアノに適性も愛着も感じていなかった私には、なおさらでした。
もっとも、ピアノを習っていた友だちは、たいてい先生は怖いと言っていたし、ヒステリックに怒鳴ったり、ピシャリと手を叩いたり、練習ができていないと追い返したりする先生というのは、当時はあまり珍しくなかったと思います。
それよりも私にとってキツかったのは、レッスン以外のとき、自分で練習をしているときも、父がその一部始終を聴いていることでした。ピアノを弾くときはいつもビクビク、胸はバクバク。間違ったりすると速攻飛んできて、そのままガチンコレッスンになってしまうし、楽しいどころではありませんでした。
レッスンはキョーフ、自主練もキョーフ。
ピアノを習いたくても習えない友だちもいたので、そんな人からすれば私の境遇は恵まれていたかもしれませんが、私にとっては苦痛の源泉、恐怖の源泉。まさに「音が苦」でした。
中学生になって部活(テニス)が忙しくなると、(それを口実に)だんだんとレッスンの間隔も疎らになっていき、中学2年生ごろには完全フェードアウト。以後30年以上、まともにピアノを弾くことはありませんでした。音楽そのものを嫌いにならなかったのは、せめてもの救い。しかし、苦痛と結びついた「ピアノの記憶」は、長らく私の心にとどまり、音楽へのアンビヴァレントな態度と感情を形成することになります。
ピアノは、自分の中で「封印された楽器」になりました。
そして、その封印が解けるには、実に30有余年の歳月が必要だったのであります。
ということで、次回は続・ピアノ編!
…をひとまずワープして(何しろ30有余年ですゆえ)、青春のクラリネット編です。
アモーレイタリア★Disney萌え大阪ラテン人ALBAのマイペースBlog。四十路の手習いで始めたチェロと海外ドラマが心の潤い。2018年秋に突如ハマったディズニーが元気のモトです。
2017-12-12
2015-09-28
思いがけずアートフル!シルバーウィーク日記
いつからかシルバーウィークなる呼称が定着した秋の連休。もろもろで自由時間は少なかったのですが、気がつけば東京で2つ、京都で3つ、展覧会をハシゴ。思いがけずアートフルなシルバーウィークとなりました。
前半は東京で学会の合間をぬって東京都美術館のモネ展→キュッパのびじゅつかん。永青文庫の春画展も行きたかったのですが、時間の都合で残念ながらabandon。
帰阪後、京都市美術館でルーブル展→マグリット展→さらに京都文化博物館でレオナルドとアンギアーリの戦い展と1日に3つハシゴ。
モネ展では約20年ぶりに「印象、日の出」と再会。フランの時代にマルモッタンで見たはずですが、残念ながらあまり“印象”に残っておらず…(^^; )睡蓮の巨大壁画のインパクトが自分の中でかなり大きかったので、他は霞んでしまったのかもしれません。しかし、あらためてこの小さな絵が美術の、あるいは視覚の常識を塗り替えたのだと思うと、しみじみと感慨深く。。。絵の向こうの若きモネと対話したような感覚を覚えました。
ルーブル展は終了間近ということもあり、予想どおりの混雑。チケットを持っていても同じ列に並ばなばならないことに一抹の割り切れなさを感じつつ、炎天下で待つこと90分。日焼けの気になる美術鑑賞でしたが、フェルメールやブリューゲル、マセイス、ティツィアーノなど名だたる巨匠のマスターピースに対面できたのは幸せでした。風俗画がメインなので比較的小規模な作品が多く、コッテリ巨大な歴史画や宗教画うじゃうじゃよりもカジュアル感覚で見られて、長時間並んだ割には鑑賞後の疲労は少なかったと思います(笑)
ルーブルの余波もあってか同時開催のマグリットもかなりの混雑ぶり。マグリットは日本でも何度か回顧展が開かれているので、これまでにもまとまって見ていますが、終戦直後の作品など、いわゆるマグリットっぽくない作品にマグリットの軌跡が垣間見えて興味深い内容でした。
いずれも充実の展覧会でしたが、個人的にいちばん面白かったのは、気合一発、根性ひと押しで岡崎公園から三条通りの京都文博まで徒歩でハシゴしたアンギアーリの戦い展。《アンギアーリの戦い》というのは、レオナルドvsミケランジェロのスーパーウルトラ芸術対決が見られたかもしれない、幻の壁画作品ですが、戦闘画の系譜や当時のフィレンツェの文化・政治の状況などが手に取るようにわかり、なかなか臨場感がありました。この芸術対決の仕掛け人がマキャベッリだったとは!うーむ、芸術のみならずあらゆる面において巨人たちが交差しあう時代だったのだなあと、歴史の大波にしばし身を任せ…フィレンツェ政庁(ヴェッキオ宮殿)やヴェッキオ橋、シニョーリア広場を行き交う偉人の姿が瞼に浮かび、贅沢なモウソウのひとときを楽しみました。
秋は展覧会のハイシーズン。まだまだ注目の展覧会が目白押しなので、できる限り足を運び、目と脳と心にたっぷり滋養をチャージしようと思います。
2011-06-09
jinsei no karakuri(人生のカラクリ) Kyo&Sam 2人展
昨日、造形作家Kyoさん&Samさんの2人展に行ってきました。
古い時計を使ったダイナミックな機械仕掛けの造形が得意のSamさん、皮の作品や跳躍するイルカのモチーフが印象的なKyoさん。お二人とは最近知り合ったばかりですが、決して平坦ではなかったであろうお二人の人生の軌跡がおのずと伝わる作品もあり、アートセラピーに関わる身にはインスパイアされるところの多い作品展でした。ついでに自分自身の創作欲求掻き立てられ…。また、じぶん流クリエイションをやってみたくなりました。
jinsei no karakuri展は、大阪・空堀の art gallery そら で6/11(土)まで開催中。
http://artistsam.exblog.jp/12532120/
古い時計を使ったダイナミックな機械仕掛けの造形が得意のSamさん、皮の作品や跳躍するイルカのモチーフが印象的なKyoさん。お二人とは最近知り合ったばかりですが、決して平坦ではなかったであろうお二人の人生の軌跡がおのずと伝わる作品もあり、アートセラピーに関わる身にはインスパイアされるところの多い作品展でした。ついでに自分自身の創作欲求掻き立てられ…。また、じぶん流クリエイションをやってみたくなりました。
jinsei no karakuri展は、大阪・空堀の art gallery そら で6/11(土)まで開催中。
http://artistsam.exblog.jp/12532120/
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2011-04-11
風景画に思う
去る3月23日、シニアCITYカレッジ(NPO法人シニア自然大学校主催)で美術の見方・楽しみ方についてのレクチャーをしました。受講者はシニアエイジの方々50名強、今年で3年目になります。レクチャーとディスカッションを合わせて4時間の長丁場ですが、毎回きわめてモチベーションの高い皆さんのポジティブ・パワーに、むしろ短く感じられるぐらいです。
一昨年の歴史画・宗教画、昨年の裸体画に続き、今回は西洋絵画の中でも特に多くの人々に親しまれている「風景画」に光を当てました。
古来より山水画を愛でてきた東洋に比べると、西洋の風景画の歴史はかなり新しいのですが、近代絵画に欠かすことのできない重要なジャンルになりました。それでも、その成立の過程には様々な紆余曲折があり、芸術論争があり、芸術的実験がありました。たいてい背後は金地一色だった中世のイコン、やがて背景に自然や街の情景が表れ始め、さらに主題の物語より風景描写そのものに重きが置かれた英雄的風景画の登場、そして独立した風景画へと、数百年の軌跡は西洋の芸術観・自然観の軌跡をたどるようでもあります。
実は学生時代の研究テーマはロマン主義の風景画でした。その後他のことに興味が移り、風景画からは離れていましたが、今回久しぶりに風景画の歴史をひもとき、当時読んだ本の内容や考えていたことなどがフィードバック。折しも東日本大震災の直後、自然の猛威の前になすすべのない人間というロマン主義的観念を改めて思い起こし、複雑な気持ちにもなりました。
自然と人間―両者の関係は、共存と闘いの二極の間をゆらぎながら、ここまできたように思います。自然は、決して一面的には捉えられない。大きな恵みと大きな破壊をもたらし、決してどちらか一方の顔だけで私たちと付き合ってはくれない。それは、どんなに技術が進歩しても変わらないことでしょう。どこまでも“便利”が追求されていく現代、生の自然に触れることがますます少なくなるがゆえに、近代の入り口にロマン主義者たちが抱いた、畏怖に満ちた自然観を思い起こすことは、アクチュアルな意味をもつのかもしれません。
一昨年の歴史画・宗教画、昨年の裸体画に続き、今回は西洋絵画の中でも特に多くの人々に親しまれている「風景画」に光を当てました。
![]() |
| 雪舟(15ce) |
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| アルトドルファー(16ce) |
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| クロード(17ce) |
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| ホッベマ(17ce) |
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| フリードリヒ(19ce初頭) |
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| モネ(19ce後半) |
古来より山水画を愛でてきた東洋に比べると、西洋の風景画の歴史はかなり新しいのですが、近代絵画に欠かすことのできない重要なジャンルになりました。それでも、その成立の過程には様々な紆余曲折があり、芸術論争があり、芸術的実験がありました。たいてい背後は金地一色だった中世のイコン、やがて背景に自然や街の情景が表れ始め、さらに主題の物語より風景描写そのものに重きが置かれた英雄的風景画の登場、そして独立した風景画へと、数百年の軌跡は西洋の芸術観・自然観の軌跡をたどるようでもあります。
実は学生時代の研究テーマはロマン主義の風景画でした。その後他のことに興味が移り、風景画からは離れていましたが、今回久しぶりに風景画の歴史をひもとき、当時読んだ本の内容や考えていたことなどがフィードバック。折しも東日本大震災の直後、自然の猛威の前になすすべのない人間というロマン主義的観念を改めて思い起こし、複雑な気持ちにもなりました。
自然と人間―両者の関係は、共存と闘いの二極の間をゆらぎながら、ここまできたように思います。自然は、決して一面的には捉えられない。大きな恵みと大きな破壊をもたらし、決してどちらか一方の顔だけで私たちと付き合ってはくれない。それは、どんなに技術が進歩しても変わらないことでしょう。どこまでも“便利”が追求されていく現代、生の自然に触れることがますます少なくなるがゆえに、近代の入り口にロマン主義者たちが抱いた、畏怖に満ちた自然観を思い起こすことは、アクチュアルな意味をもつのかもしれません。
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2010-02-28
音楽で感じるイタリアの風―魔法のヴァイオリン
2月25日(木)、友人夫妻の企画・出演によるコンサート「魔法のヴァイオリンⅢ」を聴きに行きました。プログラムは、ルネサンス~19世紀に至るイタリア音楽の数々で、音楽で約400年の時間の旅ができるような内容。ホテルのチャペルで行われたこじんまりしたコンサートですが、演奏者自身による楽曲・楽器解説も興味深く、演奏も充実した、イタリアの香りあふれるひと時。ほとんど20年ぶりの友人との再会も相まって、とても楽しむことができました。
それぞれバロック・ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバの奏者である友人夫妻は、数年来イタリアに生活拠点を置いていますが、日本ではあまり知られていないイタリア音楽の魅力を伝えたいと、日本でも毎年コンサートを行っています。そのねらいどおり、ヴァイオリンの音色は、カラリと晴れ渡った明るいイタリアの空を感じさせてくれました。ヴィオラ・ダ・ガンバは安定した通奏低音でアンサンブルを支え、リュートのポロンポロンとした音色はルネサンスからバロック期の音楽の魅力を存分に伝えてくれました。ふだん目にする機会の少ない珍しい楽器もたくさん登場し、そうした意味でも楽しめる演奏会でした。
同じ楽器でも紡ぎ出される音色は千差万別。個々の楽器の個性もありますし、奏者がイメージする音色によっても全く違います。イタリア音楽の魅力は、弦であれ管であれ、楽器全体が余すところなく鳴り響いて、よく通る明るく澄んだ音色によって最大限に表現されると、私はつねづね思っています。ドイツのオーケストラなどの、どっしりした重みのある音色も、特にドイツ系の音楽の演奏に際して捨てがたい魅力がありますが、明澄そのもののイタリアの音色が奏でる音楽には、心から音楽の喜び・愉しみを実感させてくれる魅力があるのです。弾く喜び、聴く喜び―文字どおり音楽は、音の楽しみなのだと気づかせてくれます。日本のクラシックは、歴史的経緯からどうしてもドイツの影響が強く、音楽の国とはいうもののイタリア音楽についてはオペラやバロック音楽のごく一部しか知られていないのではないかと思います。友人夫妻には、まだまだ知られていないイタリア音楽の魅力を伝えるコンサート活動を、ぜひ息長く続けていってほしいと願っています。Viva la musica!
それぞれバロック・ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバの奏者である友人夫妻は、数年来イタリアに生活拠点を置いていますが、日本ではあまり知られていないイタリア音楽の魅力を伝えたいと、日本でも毎年コンサートを行っています。そのねらいどおり、ヴァイオリンの音色は、カラリと晴れ渡った明るいイタリアの空を感じさせてくれました。ヴィオラ・ダ・ガンバは安定した通奏低音でアンサンブルを支え、リュートのポロンポロンとした音色はルネサンスからバロック期の音楽の魅力を存分に伝えてくれました。ふだん目にする機会の少ない珍しい楽器もたくさん登場し、そうした意味でも楽しめる演奏会でした。
同じ楽器でも紡ぎ出される音色は千差万別。個々の楽器の個性もありますし、奏者がイメージする音色によっても全く違います。イタリア音楽の魅力は、弦であれ管であれ、楽器全体が余すところなく鳴り響いて、よく通る明るく澄んだ音色によって最大限に表現されると、私はつねづね思っています。ドイツのオーケストラなどの、どっしりした重みのある音色も、特にドイツ系の音楽の演奏に際して捨てがたい魅力がありますが、明澄そのもののイタリアの音色が奏でる音楽には、心から音楽の喜び・愉しみを実感させてくれる魅力があるのです。弾く喜び、聴く喜び―文字どおり音楽は、音の楽しみなのだと気づかせてくれます。日本のクラシックは、歴史的経緯からどうしてもドイツの影響が強く、音楽の国とはいうもののイタリア音楽についてはオペラやバロック音楽のごく一部しか知られていないのではないかと思います。友人夫妻には、まだまだ知られていないイタリア音楽の魅力を伝えるコンサート活動を、ぜひ息長く続けていってほしいと願っています。Viva la musica!
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2010-02-10
【公演案内】古楽器アンサンブルのご案内
友人のコンサートのご案内です。
バロック・ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバ、リュートなどのアンサンブル。
ミラノ在住ですが、毎年帰国し、日本でもコンサートを行っています。
バロック音楽が好きな方、古楽器の響きが好きな方は、ぜひ♪
======================================
日時:2010年2月25日(木) 19:00開演
会場:千里阪急ホテル クリスタル・チャペル
北大阪急行/大阪モノレール「千里中央駅」下車すぐ→アクセスMAP
料金:前売3,000円/当日3,500円(全席自由)
■プログラム
カステッロ≪ソプラノとトロンボーンまたはヴィオレッタのためのソナタ 第6≫
オルティス≪レセルカーダ集より≫
マティス≪パッサッジョ - 2弦のフーガ - グラウンド≫ 他
■演奏
バロック・ヴァイオリン 伊左治 道生
リュート&19世紀ギター 佐野 健二
ヴィオラ・ダ・ガンバ 大西 万喜
■ご予約・お問合せ
il violino magico(イル・ヴィオリーノ・マジコ) magicviolinjp@yahoo.co.jp
協力:アーリーミュージックカンパニー
後援:日本イタリア古楽協会
バロック・ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバ、リュートなどのアンサンブル。
ミラノ在住ですが、毎年帰国し、日本でもコンサートを行っています。
バロック音楽が好きな方、古楽器の響きが好きな方は、ぜひ♪
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Il Violino Magico ~ 魔法のヴァイオリンⅢ
日時:2010年2月25日(木) 19:00開演
会場:千里阪急ホテル クリスタル・チャペル
北大阪急行/大阪モノレール「千里中央駅」下車すぐ→アクセスMAP
料金:前売3,000円/当日3,500円(全席自由)
■プログラム
カステッロ≪ソプラノとトロンボーンまたはヴィオレッタのためのソナタ 第6≫
オルティス≪レセルカーダ集より≫
マティス≪パッサッジョ - 2弦のフーガ - グラウンド≫ 他
■演奏
バロック・ヴァイオリン 伊左治 道生
リュート&19世紀ギター 佐野 健二
ヴィオラ・ダ・ガンバ 大西 万喜
■ご予約・お問合せ
il violino magico(イル・ヴィオリーノ・マジコ) magicviolinjp@yahoo.co.jp
協力:アーリーミュージックカンパニー
後援:日本イタリア古楽協会
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【公演案内】Il Violino Magico~魔法のヴァイオリンⅢ
友人の古楽器奏者のコンサート案内です。
バロック・ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバ、リュートなどのアンサンブル。
ミラノ在住ですが、毎年帰国して日本でもコンサート活動を行っています。
♪====================================
日時:2010年2月25日(木) 19:00開演
会場:千里阪急ホテル クリスタル・チャペル
北大阪急行/大阪モノレール「千里中央駅」下車すぐ→アクセスMAP
料金:前売3,000円/当日3,500円(全席自由)
■プログラム
カステッロ≪ソプラノとトロンボーンまたはヴィオレッタのためのソナタ 第6≫
オルティス≪レセルカーダ集より≫
マティス≪パッサッジョ - 2弦のフーガ - グラウンド≫ 他
■演奏
バロック・ヴァイオリン 伊左治 道生
リュート&19世紀ギター 佐野 健二
ヴィオラ・ダ・ガンバ 大西 万喜
■ご予約・お問合せ
il violino magico(イル・ヴィオリーノ・マジコ) magicviolinjp@yahoo.co.jp
協力:アーリーミュージックカンパニー
後援:日本イタリア古楽協会
バロック・ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバ、リュートなどのアンサンブル。
ミラノ在住ですが、毎年帰国して日本でもコンサート活動を行っています。
♪====================================
Il Violino Magico ~ 魔法のヴァイオリンⅢ
日時:2010年2月25日(木) 19:00開演
会場:千里阪急ホテル クリスタル・チャペル
北大阪急行/大阪モノレール「千里中央駅」下車すぐ→アクセスMAP
料金:前売3,000円/当日3,500円(全席自由)
■プログラム
カステッロ≪ソプラノとトロンボーンまたはヴィオレッタのためのソナタ 第6≫
オルティス≪レセルカーダ集より≫
マティス≪パッサッジョ - 2弦のフーガ - グラウンド≫ 他
■演奏
バロック・ヴァイオリン 伊左治 道生
リュート&19世紀ギター 佐野 健二
ヴィオラ・ダ・ガンバ 大西 万喜
■ご予約・お問合せ
il violino magico(イル・ヴィオリーノ・マジコ) magicviolinjp@yahoo.co.jp
協力:アーリーミュージックカンパニー
後援:日本イタリア古楽協会
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2010-01-27
西洋美術のナゾ―裸体表現をめぐる旅
本日、NPO法人シニア自然大学校主催のシニアCITYカレッジにて、西洋美術についてのレクチャーをしてきました。同NPOが大阪教育大学との協働により、シニアの方々を対象に開講している連続講座で、環境問題や時事問題から歴史・文化・芸術まで幅広い領域をカバーしています。昨年に続いて3回目の出講でしたが、50数名の受講者は皆さんひじょうに熱心で、近年の中高年層の知的好奇心、学習意欲の高さを実感します。レクチャー2時間+ディスカッション2時間=合計4時間の長丁場ですが、反応もよく、議論も活発な場の空気には、まったく疲れを感じません。
今回のテーマは、裸体画(nude)。裸体表現は西洋美術の基本であり、西洋美術に影響を受けた今日の美術において、裸体デッサンは画家の基本的トレーニングです。しかし、、、ごくごく素直な目で西洋美術の一群を眺めたとき、その裸体表現の多さには素朴な「?」もわいてくるのではないでしょうか。西洋美術を見慣れた現代人は、そういうものだ、と思っているかもしれません。それでも、マネの<草上の昼食>を生まれて初めて見るときの衝撃は、本作発表当時(1863年)の人々とそんなに変わらないのではないでしょうか。(実際、私が小学生のころ初めて画集でこの絵を見たときは、一体なんちゅー絵!?と、えらくビックリしたものです。)ドラクロワの<民衆を率いる自由の女神>が、あの緊迫した事態の中で一人胸をはだけているのも、考えてみればフシギです。事実、西洋美術に初めて本格的に取り組んだ近代日本の画家にとって、裸体表現をどのように自分たちのものにするかは、芸術上の大きな課題でした。
現実のシーンとしては想定しがたい、こうした裸体表現の数々。なぜこれらの人物は裸体なのか?同じ裸体画でも、絶賛された作品と非難轟々だった作品と、 何がどう違うのか?そんな西洋美術の根幹をなす裸体表現を、古代ギリシアのクーロス、コレー像から近現代まで俯瞰するという時間軸の長~い内容。しかも最初プロジェクターが不調で満足に画像も見られなかったのですが、皆さんたいへん興味をもって聞いてくださり、グループ・ディスカッションでも多彩な意見が飛び交いました。受講者の皆様の西洋美術への親しみが増し、見る楽しみ・喜びが深まったならば本望です。
今回のテーマは、裸体画(nude)。裸体表現は西洋美術の基本であり、西洋美術に影響を受けた今日の美術において、裸体デッサンは画家の基本的トレーニングです。しかし、、、ごくごく素直な目で西洋美術の一群を眺めたとき、その裸体表現の多さには素朴な「?」もわいてくるのではないでしょうか。西洋美術を見慣れた現代人は、そういうものだ、と思っているかもしれません。それでも、マネの<草上の昼食>を生まれて初めて見るときの衝撃は、本作発表当時(1863年)の人々とそんなに変わらないのではないでしょうか。(実際、私が小学生のころ初めて画集でこの絵を見たときは、一体なんちゅー絵!?と、えらくビックリしたものです。)ドラクロワの<民衆を率いる自由の女神>が、あの緊迫した事態の中で一人胸をはだけているのも、考えてみればフシギです。事実、西洋美術に初めて本格的に取り組んだ近代日本の画家にとって、裸体表現をどのように自分たちのものにするかは、芸術上の大きな課題でした。
現実のシーンとしては想定しがたい、こうした裸体表現の数々。なぜこれらの人物は裸体なのか?同じ裸体画でも、絶賛された作品と非難轟々だった作品と、 何がどう違うのか?そんな西洋美術の根幹をなす裸体表現を、古代ギリシアのクーロス、コレー像から近現代まで俯瞰するという時間軸の長~い内容。しかも最初プロジェクターが不調で満足に画像も見られなかったのですが、皆さんたいへん興味をもって聞いてくださり、グループ・ディスカッションでも多彩な意見が飛び交いました。受講者の皆様の西洋美術への親しみが増し、見る楽しみ・喜びが深まったならば本望です。
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2009-12-17
Commedia dell'Arte のストーリーとキャラクター
Commedia dell'arte はもともと即興劇ですが、物語の大筋や登場人物の性格はほぼ決まっています。こうした基本的な約束ごとにしたがって、あとは役者たちが即興で話を進めていきます。そこでいかに相手役をやりこめるか、意表をつく展開を見せるか、その駆け引きが勝負どころ。ストーリー展開やキャラクターの性格といった大枠は守りながらも、いかに意外性を出して観客を引きつけ、喜ばせるかが役者の腕の見せ所だったのでしょう。
<物語の基本フレーム>
相対立する二つの家の息子と娘が恋に落ち、親や召使いを巻き込んで大騒動が繰り広げられる が、最後はめでたく結ばれる―これが物語の基本フレーム。どこか聞き覚えがありませんか?この筋書き。そう、世界で最も有名な恋愛劇『ロミオ とジュリエット』―悲劇的結末を除けば、これはまさにコンメディア・デッラルテのフレームそのままの世界なのです。実際、イタリアのみならずヨーロッパ中で大流行 したコンメディア・デッラルテは、シェイクスピアやモリエールの戯曲にも大きな影響を与えたと言われています。
<主なキャラクター>
登場人物は、様々な地域や身分に典型的と考えられる性格や気質を誇張して類型化したキャラクター(ストックキャラクター)で、人物同士の関係性もほぼ決まっています。
◆インナモラーティ(恋人たち) Gli Innamorati (The Lovers)
恋する若い男女。男をインナモラート innamorato、女をインナモラータ innamorata という(インナモラーティ innamorati は複数形)。いちおう物語の主人公は彼らである。この役は仮面をつけない。なお、ヒロインの名は、実在の名女優にちなんでイザベッラ Isabella という名が多い。
◆主人キャラクター
町の有力なファミリーの主で、主人公の恋人たちの親などとして登場する。
パンタローネ Pantalone ヴェネツィア出身の大金持ちの商人。ケチで偉そうな好色爺さんというキャラクター。頭はよく学もあり頑固で計算高い老人だが、若い娘を追い回して見境なく財産を貢いだり、コロッと騙されたりする。細身の長ズボンをはいており、パンタロン pantalon の語源となった。
ドットーレ Il Dottore (The Doctor) ボローニャ出身の学者。パンタローネと対をなす老人役。博学で雄弁だが、言ってることは意味不明。インチキなラテン語をしゃべって、怪しげな学識をひけらかすエセ先生といったところ。ボローニャはヨーロッパ最古の大学をもつ学問都市(la Dotta)として知られ、美食の都であることから肥満都市(la Grassa)とも言われる。ドットーレも太っていることが多い。
カピターノ Il Capitano (The Captain) 軍人。派手な軍服を着て威張っているが、実は気の小さい臆病者。かつてイタリアは、南部をスペイン、北部をフランスやドイツに支配されていたことから、カピターノは外国人(スペイン人)という設定になっている。
◆召使いキャラクター
パンタローネやドットーレの召使として登場。機転が利いたり、ずる賢かったり、間が抜けていたり…芝居に活気を与え、実質上の主役的存在であることも多い。召使いはベルガモ出身が多いが、かつてヴェネツィア共和国の一部だったベルガモ(今はロンバルディア州)は、貧しく、ヴェネツィアへ出稼ぎに行く人が多かったことに由来する。
アルレッキーノ Arlecchino ベルガモ出身の召使い。コンメディア・デッラルテといえばこのキャラ、という代表的なキャラクター。カラフルなつぎはぎの服が目印で、たいていお腹を空かせている。頭の回転が速く、口も手も体もよく動いて存在感抜群。何かにつけて計略をめぐらすが、どこか抜けているところもある。フランス語でアルルカン Arlequin 、英語でハーレクィン Harlequin と呼ばれ、道化役の起源とも言われる。
プルチネッラ Pulcinella ナポリ出身。のろまで騙されやすく憎めないダメ男系キャラ。身軽で機敏なアルレッキーノと対照的に、でっぷり太っていかにも呑気そうなキャラクター。白いだぶだぶの服を着ている。イギリスではパンチ Punch と呼ばれ、人形劇の「パンチ・アンド・ジュディ」 Punch and Judy へと発展した。
ブリゲッラ Brighella ずる賢くてがめつい守銭奴の小悪党。ベルガモ出身。アルレッキーノの子分などで登場。
ザンニ Zanni 初期のコンメディア・デッラルテに登場する召使い。ベルガモ出身。ここからアルレッキーノやプルチネッラなどのキャラクターに分化した。召使いキャラの原型。 Zanni とは Giovanni の愛称。
コロンビーナ Colombina
女の召使い。明るく開放的で浮気性、天性の知恵を持ち、肉体的魅力を振りまく、したたかな庶民派セクシー系。アルレッキーノの恋人やインナモラータの小間使い役など。通常は仮面をつけない。
◆参考サイト◆
La Commedia dell'Arte
Punch and Judy
<物語の基本フレーム>
相対立する二つの家の息子と娘が恋に落ち、親や召使いを巻き込んで大騒動が繰り広げられる が、最後はめでたく結ばれる―これが物語の基本フレーム。どこか聞き覚えがありませんか?この筋書き。そう、世界で最も有名な恋愛劇『ロミオ とジュリエット』―悲劇的結末を除けば、これはまさにコンメディア・デッラルテのフレームそのままの世界なのです。実際、イタリアのみならずヨーロッパ中で大流行 したコンメディア・デッラルテは、シェイクスピアやモリエールの戯曲にも大きな影響を与えたと言われています。
<主なキャラクター>
登場人物は、様々な地域や身分に典型的と考えられる性格や気質を誇張して類型化したキャラクター(ストックキャラクター)で、人物同士の関係性もほぼ決まっています。
| コンメディア・デッラルテの仮面(maschere) |
目・鼻・額の形や大きさが各キャラクターの特徴を表す。
小さく丸い目、大きな鼻、狭い額→愚か系キャラの目印
大きな目、小さな鼻、広い額→賢い系キャラの目印
この組合せでキャラのインテリジェンスの度合いが分かる・・・
◆インナモラーティ(恋人たち) Gli Innamorati (The Lovers)
恋する若い男女。男をインナモラート innamorato、女をインナモラータ innamorata という(インナモラーティ innamorati は複数形)。いちおう物語の主人公は彼らである。この役は仮面をつけない。なお、ヒロインの名は、実在の名女優にちなんでイザベッラ Isabella という名が多い。
◆主人キャラクター
町の有力なファミリーの主で、主人公の恋人たちの親などとして登場する。
パンタローネ Pantalone ヴェネツィア出身の大金持ちの商人。ケチで偉そうな好色爺さんというキャラクター。頭はよく学もあり頑固で計算高い老人だが、若い娘を追い回して見境なく財産を貢いだり、コロッと騙されたりする。細身の長ズボンをはいており、パンタロン pantalon の語源となった。
ドットーレ Il Dottore (The Doctor) ボローニャ出身の学者。パンタローネと対をなす老人役。博学で雄弁だが、言ってることは意味不明。インチキなラテン語をしゃべって、怪しげな学識をひけらかすエセ先生といったところ。ボローニャはヨーロッパ最古の大学をもつ学問都市(la Dotta)として知られ、美食の都であることから肥満都市(la Grassa)とも言われる。ドットーレも太っていることが多い。
カピターノ Il Capitano (The Captain) 軍人。派手な軍服を着て威張っているが、実は気の小さい臆病者。かつてイタリアは、南部をスペイン、北部をフランスやドイツに支配されていたことから、カピターノは外国人(スペイン人)という設定になっている。
◆召使いキャラクター
パンタローネやドットーレの召使として登場。機転が利いたり、ずる賢かったり、間が抜けていたり…芝居に活気を与え、実質上の主役的存在であることも多い。召使いはベルガモ出身が多いが、かつてヴェネツィア共和国の一部だったベルガモ(今はロンバルディア州)は、貧しく、ヴェネツィアへ出稼ぎに行く人が多かったことに由来する。
アルレッキーノ Arlecchino ベルガモ出身の召使い。コンメディア・デッラルテといえばこのキャラ、という代表的なキャラクター。カラフルなつぎはぎの服が目印で、たいていお腹を空かせている。頭の回転が速く、口も手も体もよく動いて存在感抜群。何かにつけて計略をめぐらすが、どこか抜けているところもある。フランス語でアルルカン Arlequin 、英語でハーレクィン Harlequin と呼ばれ、道化役の起源とも言われる。
プルチネッラ Pulcinella ナポリ出身。のろまで騙されやすく憎めないダメ男系キャラ。身軽で機敏なアルレッキーノと対照的に、でっぷり太っていかにも呑気そうなキャラクター。白いだぶだぶの服を着ている。イギリスではパンチ Punch と呼ばれ、人形劇の「パンチ・アンド・ジュディ」 Punch and Judy へと発展した。
ブリゲッラ Brighella ずる賢くてがめつい守銭奴の小悪党。ベルガモ出身。アルレッキーノの子分などで登場。
ザンニ Zanni 初期のコンメディア・デッラルテに登場する召使い。ベルガモ出身。ここからアルレッキーノやプルチネッラなどのキャラクターに分化した。召使いキャラの原型。 Zanni とは Giovanni の愛称。
コロンビーナ Colombina
女の召使い。明るく開放的で浮気性、天性の知恵を持ち、肉体的魅力を振りまく、したたかな庶民派セクシー系。アルレッキーノの恋人やインナモラータの小間使い役など。通常は仮面をつけない。
◆参考サイト◆
La Commedia dell'Arte
Punch and Judy
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2009-12-16
Commedia dell'Arte って?
昨日に引き続きコンメディア・デッラルテ関連です。けど、コンメディア・デッラルテって何?12日の狂言vsコンメディア・デッラルテのコラボ公演では、出演者のアンジェロ・クロッティさんからかなり詳しい解説がありました。せっかくなので、この機会にコンメディア・デッラルテの概要を少しまとめておきたいと思います。
コンメディア・デッラルテ commedia dell'arte は、16世紀の中頃、北イタリアに発祥した即興仮面劇です。ちょうどルネサンスが最盛期を迎え、後期へと移行していくころですね。中世までの演劇は教会が取り仕切っており、演劇活動にはかなりの制限がありました。ルネンサンス期の人間観の転換が、コンメディア・デッラルテのような風刺のきいた自由な芝居を可能にしたのです。
この即興仮面劇はヨーロッパ全体に広がり、16~18世紀にかけて大流行しました。イギリスのシェイクスピア W.Shakespeare (1564-1616)やフランスのモリエール Molie`re (1622-1673)にも影響を与えたといわれますが、特に18世紀ヴェネツィアの劇作家カルロ・ゴルドーニ Carlo Goldoni (1707-1793)はコンメディア・デッラルテに多大の影響を受け、またコンメディア・デッラルテに新風を吹き込んだ重要な作家です。それまで簡単な筋書きと決まりがある以外は、ほとんど役者の即興で演じられていたのが、ゴルドーニによって台詞のある台本が書かれ、登場人物の性格づけにも深みが与えられました。
やがて、演劇としてのコンメディア・デッラルテは廃れていきますが、例えば、主要登場人物のアルレッキーノから道化役が生まれ、コンメディアから離れてキャラクターとして自立していくなど、その水脈はしっかりと受け継がれています。
20世紀に入り、世界的な演出家ジョルジョ・ストレーレル Giorgio Strehler (1921-1997)がゴルドーニの作品『二人の主人を一度に持つと』 Il Servitore di Due Padroni を発掘・再演し、コンメディア・デッラルテの伝統が新しい形で現代に甦ったと言われています。
ちなみにこの arte という言葉、今日いうところの芸術を意味するものではなく、職業という意味。つまり commedia dell'arte とは、職業的演劇という意味になります。もともと物売りが仮面を着けたり派手な衣装を着て人目を引き、巧みな口上を述べながら商品を売り歩く・・・そんな形から発展し、やがてもっぱら演じることを生業とするプロの役者が誕生していったということです。行き交う通行人の耳目を集め、その場に引き留めなければお金ももらえませんから、ストーリーは誰にも親しみのある分かりやすいテーマ、そして台詞やアクションは必然的に誇張されたものになります。
筋書きは、大体決まったパターンがあり、登場人物も身分や出身地、性格傾向に応じて類型化されています。ストック・キャラクターと呼ばれるこれらの登場人物の中から、道化役やピエロなどのキャラクターが誕生しました。その意味で、コンメディア・デッラルテは、ヨーロッパの喜劇あるいは喜劇的キャラクターの母体といえるでしょう。
◆コンメディア・デッラルテのキャラクターについてはコチラ
コンメディア・デッラルテ commedia dell'arte は、16世紀の中頃、北イタリアに発祥した即興仮面劇です。ちょうどルネサンスが最盛期を迎え、後期へと移行していくころですね。中世までの演劇は教会が取り仕切っており、演劇活動にはかなりの制限がありました。ルネンサンス期の人間観の転換が、コンメディア・デッラルテのような風刺のきいた自由な芝居を可能にしたのです。
この即興仮面劇はヨーロッパ全体に広がり、16~18世紀にかけて大流行しました。イギリスのシェイクスピア W.Shakespeare (1564-1616)やフランスのモリエール Molie`re (1622-1673)にも影響を与えたといわれますが、特に18世紀ヴェネツィアの劇作家カルロ・ゴルドーニ Carlo Goldoni (1707-1793)はコンメディア・デッラルテに多大の影響を受け、またコンメディア・デッラルテに新風を吹き込んだ重要な作家です。それまで簡単な筋書きと決まりがある以外は、ほとんど役者の即興で演じられていたのが、ゴルドーニによって台詞のある台本が書かれ、登場人物の性格づけにも深みが与えられました。
やがて、演劇としてのコンメディア・デッラルテは廃れていきますが、例えば、主要登場人物のアルレッキーノから道化役が生まれ、コンメディアから離れてキャラクターとして自立していくなど、その水脈はしっかりと受け継がれています。
20世紀に入り、世界的な演出家ジョルジョ・ストレーレル Giorgio Strehler (1921-1997)がゴルドーニの作品『二人の主人を一度に持つと』 Il Servitore di Due Padroni を発掘・再演し、コンメディア・デッラルテの伝統が新しい形で現代に甦ったと言われています。
ちなみにこの arte という言葉、今日いうところの芸術を意味するものではなく、職業という意味。つまり commedia dell'arte とは、職業的演劇という意味になります。もともと物売りが仮面を着けたり派手な衣装を着て人目を引き、巧みな口上を述べながら商品を売り歩く・・・そんな形から発展し、やがてもっぱら演じることを生業とするプロの役者が誕生していったということです。行き交う通行人の耳目を集め、その場に引き留めなければお金ももらえませんから、ストーリーは誰にも親しみのある分かりやすいテーマ、そして台詞やアクションは必然的に誇張されたものになります。
筋書きは、大体決まったパターンがあり、登場人物も身分や出身地、性格傾向に応じて類型化されています。ストック・キャラクターと呼ばれるこれらの登場人物の中から、道化役やピエロなどのキャラクターが誕生しました。その意味で、コンメディア・デッラルテは、ヨーロッパの喜劇あるいは喜劇的キャラクターの母体といえるでしょう。
◆コンメディア・デッラルテのキャラクターについてはコチラ
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2009-12-15
抱腹絶倒!日伊伝統喜劇の競演
12月12日(土)、COMMEDIA合戦 狂言vsイタリア仮面劇を観てきました。プログラムの冒頭に狂言、コンメディア・デッラルテについてそれぞれの演者から説明があり、続いて狂言「伯母が酒」(小笠原 匡)、コンメディア・デッラルテ「二人の主人を一度に持つと」 Il Servitore di Due Padroni (C.ゴルドーニ作)からアルレッキーノ演じる1シーンの上演(アンジェロ・クロッティ)、そして締めが本企画の目玉である狂言&コンメディアのコラボレーション新作「TONTO盗人(とんと ぬすっと)」(小笠原 匡、アンジェロ・クロッティ、ワークショップ参加者の皆さん)です。
この新作には小笠原さん、アンジェロさんの他、公演に先立って行われたワークショップ(12/7~11)の参加者も出演されていましたが、皆さんなかなか芸達者、特に盗人の相棒役はセリフも多く、アンジェロさんとの掛け合いも巧みで、アマチュアとは思えない活躍ぶり。私はその前夜、1回だけワークショップに参加したのですが、その時間の後半が「TONTO盗人」の稽古に当てられており、舞台づくりのプロセスをほんの少し共有していたので、最終的にどう仕上がったのか楽しみにしていました。私も出演のお誘いをいただいたのですが、今回は客席で見たかったので辞退、本番では大人しく客席に端座。だったのですが、客席を巻き込んだ1シーンで、ちょっとばかりいじられて、、、思いがけず友情出演(!?)も果たしました。そんなこんなの、アドリブ感あふれる抱腹絶倒のステージでした。
最後に主催者からは、この企画を今年だけで終わらせず来年、再来年…と継続したい、との言葉。ぜひそうなることを願っています。
参考■和泉流狂言師 小笠原匡(アトリエオガ)ホームページ
秘伝のお宝満載、難攻不落の厳重警備が自慢の大阪のとある博物館に、
イタリア人&日本人の泥棒コンビが客に紛れて侵入。
手間取っているうちに、物音を聞きつけた館長が伝家の宝刀を持って現れ…
手間取っているうちに、物音を聞きつけた館長が伝家の宝刀を持って現れ…
(新作「TONTO盗人」より)
ごぞんじ狂言は、能と同じく猿楽から発展した、滑稽で風刺的な笑劇。コンメディア・デッラルテは、ルネサンス期の北イタリアに発祥し、16~18世紀にかけてヨーロッパで流行した即興劇。日伊の伝統的なこの二つの喜劇の共通点は、ともに仮面を使うことです。 いずれもセリフが重要な役割をもつ演劇ですが、「TONTO盗人」では、狂言の様式化された謡や動作と、コンメディア・デッラルテの饒舌なセリフ回しや素早い動きが自然な形で組み合され、また言葉が分からないもの同士(日本人お館長とイタリア人の盗人)のトンチンカンな意味の取り違えなども織り交ぜて、言葉が分かっても分からなくても楽しめるように構成されていました。
この新作には小笠原さん、アンジェロさんの他、公演に先立って行われたワークショップ(12/7~11)の参加者も出演されていましたが、皆さんなかなか芸達者、特に盗人の相棒役はセリフも多く、アンジェロさんとの掛け合いも巧みで、アマチュアとは思えない活躍ぶり。私はその前夜、1回だけワークショップに参加したのですが、その時間の後半が「TONTO盗人」の稽古に当てられており、舞台づくりのプロセスをほんの少し共有していたので、最終的にどう仕上がったのか楽しみにしていました。私も出演のお誘いをいただいたのですが、今回は客席で見たかったので辞退、本番では大人しく客席に端座。だったのですが、客席を巻き込んだ1シーンで、ちょっとばかりいじられて、、、思いがけず友情出演(!?)も果たしました。そんなこんなの、アドリブ感あふれる抱腹絶倒のステージでした。
最後に主催者からは、この企画を今年だけで終わらせず来年、再来年…と継続したい、との言葉。ぜひそうなることを願っています。
参考■和泉流狂言師 小笠原匡(アトリエオガ)ホームページ
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2009-12-06
手作りはいかが?超簡単Xmasカード―TV出演体験記
11月30日(月)、NHK総合の「ぐるっと関西おひるまえ」に出演しました。平日の11:30~12:00、NHK大阪放送局から公開生放送で、近畿2府4県に向けて放映されている地域情報番組です。私の出番は、クリスマスカードの手作りコーナー。超簡単にできるポップアップXmasカードの作り方を紹介しました。
■ぐるっと関西おひるまえ番組HP http://www.nhk.or.jp/gko/
出演のきっかけは、私がやっているNPOのHP・ブログを見た番組ディレクター氏からの電話。事務局に講師を紹介してほしいという依頼があり、理事をやっていることもあって私が出ることになりました。TV出演など初めて、さらに生放送とあって、本番はどうなるのだろう…と思っていましたが、丁寧な事前打合せやシナリオ、そして現場スタッフの皆さんのすばらしいサポートで、無事任を果たすことができました。二人のキャスターのうち、萩原真紀さんが要所要所で手順やポイントを確認しながら番組を進行し、茂山宗彦さん(大蔵流狂言師)が私の説明にしたがってカード作りを実演します。お二人ともプロらしく、さりげなく番組の流れをリードしてくださいました。おかげさまで、自然なやりとりができたのではないかと思います。肝心の内容も好評だったようで、ホッと一安心。後から番組を見返すと反省点はもろもろありますが、自分でつくる楽しさ、身近なものでアートできる面白さなどが少しでも視聴者に伝わったたなら本望です。
それにしても、一つの番組を作るのになんと多くのスタッフが関わり、また事前準備も含めて手間ひまかけていることでしょう。私の出番は約10分でしたが、そのコーナーのためだけに当日は3度リハーサルを行い、その都度進行や時間の割り振りを手直しします。リハのたびにシナリオに朱が入り、対応するのもなかなか大変で。そして、TVの現場は分刻み、いや秒刻みの世界。本番前は10分って長いなあ・・・(汗)と思っていましたが、いったん始まると一気に進んでいきます。 が、その間、つねに時間を意識していなければいけません。進行状況に応じて必要ならば省くところは省き、中核となるテーマやメッセージはしっかり伝えなければいけません。時間が足りず、肝心要の部分が言えなかった…というのはNG。特に「必ず最後にコレを言って締めてくださいね!」と再々念押しされていたことがあったので、終盤が近づくにつれドキドキ度が上昇。そんなこんなで、本番中はずっと頭フル回転モードでしたが、その緊迫感はある種快いものでもありました。次にTVに出るときは、今回の経験を踏まえてもっとバージョンアップします!して、「次」の機会って、いつなのでしょうね!?(笑)
■ぐるっと関西おひるまえ番組HP http://www.nhk.or.jp/gko/
ポップアップでカードのベースを作りコラージュで飾りつけたXmasツリー
出演のきっかけは、私がやっているNPOのHP・ブログを見た番組ディレクター氏からの電話。事務局に講師を紹介してほしいという依頼があり、理事をやっていることもあって私が出ることになりました。TV出演など初めて、さらに生放送とあって、本番はどうなるのだろう…と思っていましたが、丁寧な事前打合せやシナリオ、そして現場スタッフの皆さんのすばらしいサポートで、無事任を果たすことができました。二人のキャスターのうち、萩原真紀さんが要所要所で手順やポイントを確認しながら番組を進行し、茂山宗彦さん(大蔵流狂言師)が私の説明にしたがってカード作りを実演します。お二人ともプロらしく、さりげなく番組の流れをリードしてくださいました。おかげさまで、自然なやりとりができたのではないかと思います。肝心の内容も好評だったようで、ホッと一安心。後から番組を見返すと反省点はもろもろありますが、自分でつくる楽しさ、身近なものでアートできる面白さなどが少しでも視聴者に伝わったたなら本望です。
それにしても、一つの番組を作るのになんと多くのスタッフが関わり、また事前準備も含めて手間ひまかけていることでしょう。私の出番は約10分でしたが、そのコーナーのためだけに当日は3度リハーサルを行い、その都度進行や時間の割り振りを手直しします。リハのたびにシナリオに朱が入り、対応するのもなかなか大変で。そして、TVの現場は分刻み、いや秒刻みの世界。本番前は10分って長いなあ・・・(汗)と思っていましたが、いったん始まると一気に進んでいきます。 が、その間、つねに時間を意識していなければいけません。進行状況に応じて必要ならば省くところは省き、中核となるテーマやメッセージはしっかり伝えなければいけません。時間が足りず、肝心要の部分が言えなかった…というのはNG。特に「必ず最後にコレを言って締めてくださいね!」と再々念押しされていたことがあったので、終盤が近づくにつれドキドキ度が上昇。そんなこんなで、本番中はずっと頭フル回転モードでしたが、その緊迫感はある種快いものでもありました。次にTVに出るときは、今回の経験を踏まえてもっとバージョンアップします!して、「次」の機会って、いつなのでしょうね!?(笑)
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しごと・研究
2009-12-05
竹喬に寄せて
昨日、仕事の会合で天王寺の美術館に行った折、開催中の小野竹喬展(12月20日まで)を見ました。茜色の空や鮮やかな青空、明るい瀬戸内の島や海、雪をいただく山や木の枝、野の草花・・・自然への研ぎ澄まされた眼が捉えた自然の諸相を見たあと、美術館を出ると、鮮やかな銀杏や紅葉が目に飛び込んできました。そして、背後には、ほんのり茜色に染まった夕暮れの空と雲。それはまるで、先ほど見てきた竹喬さながらの色彩世界。思わず携帯カメラを向けましたが、竹喬の100分の1もその美を捉えられず・・・写真はお粗末ですが、竹喬がなぜひたすらあのような自然を追い続けたか、その秘密を思いがけず発見したような感動を覚えました。
写真は竹喬に遠く及ばずとも…
実際の空と木々は、竹喬の世界そのものでした
都会の真ん中で遭遇した自然美に感動
こんなとこにネコの置き物??
思わず近寄って確かめてしまったほど、不動の姿勢で目を閉じ座っていたネコ
ところで、大阪市のど真ん中、天王寺公園の中にあるこの美術館、正式には大阪市立美術館といいますが、私にはどうも、天王寺美術館、あるいは天王寺の美術館、という方がしっくりきます。大阪人の皆様、いかが思われますか?
2009-12-04
【公演案内】COMMEDIA合戦 狂言vsイタリア仮面劇
ユネスコ認定の無形文化遺産である狂言(能楽=能・狂言として登録)と、イタリア伝統の仮面劇のコラボレーション公演のご案内です。仕掛け人は、和泉流狂言師の小笠原匡さん。東京出身ですが、伝統芸能発祥の地 上方を愛し、東京と大阪に拠点を置いて活動されています。共演は、コンメディア・デッラルテ俳優アンジェロ・クロッティさん。両氏によるワークショップもあります。★Eenen延年VOL.4================
COMMEDIA合戦 狂言vsイタリア仮面劇
日本が世界に誇る狂言と16紀イタリアで生まれた即興仮面劇コンメディア・デッラルテ(commedia dell’arte) ― ともに仮面を用いた東西の喜劇が夢の共演&競演!
【日 時】 2009年12月12日(土)昼の部14:30~/夜の部19:00~
【会 場】 山本能楽堂 (地下鉄「谷町四丁目」下車 4番出口より約徒歩2分)
【料 金】 前売4,000円/当日4,500円 ※全席自由
【プログラム】
◆レクチャー&デモンストレーション
狂言とコンメディア・デッラルテについての知識や演技方法を実演つきで解説。
◆狂言「伯母が酒」
太郎冠者が酒屋の伯母を訪ねていく。この伯母は大変なケチで、今まで酒を振る舞ってくれたことがない。今日こそはとあれこれ言いくるめようとするが、伯母はそうそう騙されない。そこで太郎冠者は帰ると見せかけ、鬼の面をつけて伯母を脅し、酒を飲もうとするが…
◆コンメディア・デッラルテ「二人の主人を一度に持つと」
召使アルレッキーノは、巧みに二人の人物を演じ分け、二人の主人に仕えます。
18世紀ヴェネツィアの劇作家カルロ・ゴルドーニ作。
◆新作「TONTO 盗人」
夜更けに大阪のとある金持ちの屋敷に忍び込んだのは、気が小さく間抜けなイタリア人。何とか目的の物を盗み取ろうとしますが、物音を聞きつけた主人がやって来てしまい・・・史上初、狂言とコンメディア・デッラルテのコラボレーション。TONTOとはイタリア語で“まぬけ”という意味。
作・構成・演出:小笠原 匡。
【出 演】 小笠原 匡 アンジェロ・クロッティ(Angelo Crotti)
■ワークショップ■=================================
「 狂言 et コンメディア・デッラルテ スタージュ(レッスン) 」
日時 12月7日(月)~12月11日(金)
昼の部14:00~16:00/夜の部19:00~21:00
講師 小笠原匡 アンジェロ・クロッティ
==============================================
【問合せ】 アトリエ・オガ Tel.06-6942-1577
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Love Italy,
イベント・行事
2009-11-08
アートに親しむグッズ
前に紹介した、ちょっとお茶目なDavide e Venereの着衣バージョンです。
子どもが楽しめるこういうグッズ、なかなか「買い」です。私は子どもはいませんが、美術館に行くと、こうした子ども用アイテムに目がいきます。アートに触れるのは、子どもの頃から自然に遊びながら親しんでいくのが、いちばんだと思うので。
ヨーロッパの美術館に行くと、子どもが美術に親しめる本やグッズが豊富なことに驚嘆します。日本の美術館でも最近はかなり増えてきましたが、残念ながらまだまだヨーロッパには及ばない…。そもそもミュージアムショップの充実度からして違うのですね。日本のミュージアムショップというと、どうもお土産屋とか売店の域を出ないのですが、ヨーロッパの主要ミュージアムに行くと、書籍、雑貨、ポスターからインテリア用品まで、質・量ともにすごいヴォリュームです。名だたるミュージアムならば、ネームバリューによるブランド価値も大きいし、売り上げも相当な額になるのではないかと思います。そして、館の運営にも少なからず貢献しているのではないか、、、と。
しかし、日本のミュージアムも地道に頑張っています。先日行った奈良国立博物館のPCで見られる仏像入門は、なかなか面白かった。本館と別館をつなぐ地下通路、ミュージアムショップの前に端末が数台あります。如来/菩薩/明王/天という主要な仏像の種類について、それぞれの特徴をわかりやすく説明してあります。仏像は種類によって髪型やポーズ、持物が決まっているので、だいたいのことを知っておくと見る楽しみも増します。今は正倉院展(+隣の興福寺の阿修羅展)で激しく混雑していますが(但し平常展は空いてます^o^)、ここは国宝・重文ワンサカ、特に仏教美術の宝庫なので、常設こそ必見のミュージアム。年に一度の正倉院展(11/12まで)も素晴らしいものですが、古都散策がてら奈良博の常設を訪ねてみてください。仏像パワーに癒されること間違いなしです。
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Love Italy
2009-11-04
ちょっとお茶目な、、、
Davide と Venere。着せ替えマグネットです。フィレンツェのアッカデミア美術館(だったかな)で購入。こういうお茶目系グッズは、好きです。小学生の姪にあげたところ、「着せ替えの衣服と本体 がピシッと合えへん(笑)」。「そのアバウトさがイタリアやって」と言うと、「ホンマに~」と納得していました。が、イタリアってどんなとこか分かってるのかなあ!?(着衣イメージはコチラ)

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Love Italy
2009-11-03
徹底イタリア美術ガイド全5冊
ナショジオのガイドブックは1冊でイタリア全土をコンパクトかつポイントをおさえている点、また全篇フルカラーの美しさが秀逸。こちらは美術史家の宮下孝晴さんによる、その名も『徹底イタリア美術案内』。地域別に全5巻の構成で、まさにガイドを超える徹底ガイドです。ルネサンス美術の専門家による本書は、通常のガイドでは載っていないようなスポットも満載。文章は読みやすく、エッセイとしても楽しめます。行き先にあわせて持っていく巻を選ぶとよいですね。この本は、街歩きのときにカバンに入れて持ち歩くというよりも、その街に行く前の予習や行った後の復習に、じっくり読むものとして使いました。移動中の列車や飛行機、宿泊先のホテルで、翌日の行程を考えたり、行った後にふりかえったりすると、旅の充実感が増します。難はといえば、読めば読むほど、あれもこれも…と見たいもの、行きたいところが増えてきて、行程を決めるのが難しくなることでしょうか。
『宮下孝晴の徹底イタリア美術案内』
●第1巻 北イタリア ヴェネツィア・ミラノ編
●第2巻 北イタリア フィレンツェ・ベルガモ編
●第3巻 北イタリア ボローニャ・シエナ編
●第4巻 南イタリア ローマ・タルクィーニア編
●第5巻 南イタリア ナポリ・シチリア編
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Books,
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旅
2009-10-01
ウフィッツィで会った有名人
ウフィッツィで世界的有名人にお話をうかがうことができました。
ダンテ Dante Alighieri (1265-1321)
私はフィレンツェを愛してるんだーーーっ。ベアトリーチェを愛したと同じぐらい、深く、強く。だからこそ、わがトスカーナの言葉で『神曲』を書いたのだ!トスカーナ語が諸君の話す標準イタリア語の基礎になったのも、私のおかげだ。世界にイタリア語とイタリア文化を広めるという使命のもと、私の名を冠した協会(*)まであるというではないか。そんな私を、フィレンツェは石もて追放した。故郷を追われ、さすらい人となった私を受け入れてくれたのは、古の都ラヴェンナだ。結局、私はここに骨をうずめることとなる。今、フィレンツェのあちこちに私の像が建っているとは、なんたる皮肉!追放した人間を街のブランドにするとは、たちの悪い冗談かね?
(*)Societa' Dante Alighieri(ダンテ・アリギエーリ協会)
(*)Societa' Dante Alighieri(ダンテ・アリギエーリ協会)
ジョット Giotto di Bondone (1267-1337)
ペトラルカ Francesco Petrarca (1304-1374)
ドナテッロ Donatello (1386-1466)
アルベルティ Leon Battista Alberti (1404-1472)
レオナルド・ダ・ヴィンチ Leonardo da Vinci (1452-1519)
ミケランジェロ Michelangelo Buonarroti (1475-1564)
ベンヴェヌート・チェッリーニ Benvenuto Cellini (1500-1571)
【追記】聞き手のイタリア語能力不足による聞き違いや誤訳、および若干の脚色・創作については大目に見ていただき、Noツッコミということでお願いします。
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