2011-05-09

May 08, 2011 のツイート

  • 09:34  今日からチェロのレッスンが始まる。ドキドキドキドキ。ワクワクワクワク。
  • 15:37  チェロの初レッスンなり。60分のレッスン終了後、イスから立ち上がると太ももに微かな筋肉痛が…^^;意外にも筋トレになりそうである。久しぶりに、音楽のある生活。嬉しい。
  • 15:43  トルコへ行って以来、イスラム美術への関心がムクムク。と思っていたら、初心者にお誂え向けの入門書を見つけ、購入。少しずつイスラム美術についても調べていきたいと思っている。
  • 22:46  アラフォーにして新しい楽器を習うとは思いもよりませんでしたが。近年まれにみるワクワクドキドキで、ドーパミン出まくってます。★チェロことはじめ http://t.co/fkWSuCh
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2011-05-08

チェロことはじめ

チェロを始めました。今日が初レッスン。これまでピアノとクラリネットの演奏経験がありますが、弦楽器は初めてです。ヴァイオリンをはじめとして弦楽器は早期英才教育のイメージが強く、なんとなく敷居が高かったのですが、小6の姪が習いたいと言い出したのに触発され、一緒に始めることにしました。先週の体験レッスン以来、近年まれにまれにみるドキドキ、ワクワクぶり。期待と不安の入り混じる高揚感に、心身大いに活性化しています。

約1時間のグループレッスンを終えて、イスから立ち上がると、太ももの内側に微かな筋肉痛、そして意外に腹筋も使っていたのだなと実感。先生曰く、「チェロは全身運動なんですよ。」管楽器は当然のごとく腹筋を使いますが、チェロも膝に挟んで楽器を支えるなど、けっこう腹筋や下半身の筋肉を使うようです。チェロは座って演奏しますし、ヴァイオリンやヴィオラに比べて姿勢も自然なので、一見ラクそうに見えますが、あの大きな楽器を一定のフォームで保つということは、当然いろいろな筋肉を使っているわけですね。チェロの名手でもある友人kiyoria氏の「コアトレにもなる」という言葉は、本当だった!

弦楽器は、ピアノとも管楽器とも違って、自分と楽器との距離が直接的なような間接的なような、その両方を行き来するような感じで、とても新鮮。ピアノは、かなり客観的に楽器に向かい合う感じがしますし、管楽器は息で音をつくるので、楽器と体はかなり一体的です。弦楽器はそのどちらとも違う、独特の感触です。

今日は、ふだん使わない筋肉や意識を使った後ならではの、心地よい疲労感に包まれています。久しぶりに生の音楽に触れて、いろいろ思い出すこともあり、書きたいこともありますが、これからボチボチと。Buona notte!:-)

2011-05-06

May 05, 2011 のツイート

  • 11:48  昨日はクレー展@京都近美へ。クレーの作品が物理的にどう作られたかに焦点をあてた内容で、彼ならではの技法も紹介されていた。素人でも試してみたら使ってみたら面白いかも、というような技法も。しかし、几帳面な人だったのだろうなあ…クレーって。
  • 11:53  古代ギリシア展@神戸市博→「高貴なる単純、静かなる偉大」(ヴィンケルマン)ならぬ、神々たちの奔放な世界やあけすけな性描写に、思わず笑いがもれてしまう、想定外の楽しみ方ができた。
  • 11:58  カンディンスキーと青騎士展@兵庫県美。抽象絵画誕生前後の臨場感がよく伝わり、ひじょうに興味深い展覧会でした。芸術の冒険!
  • 15:52  明日の講義の準備をしているのだが、寄り道ばかりでなかなかはかどらない>_<でも、その途上で興味深いブログを発見した。スペイン・ロマネスクに関する充実の情報。http://blogs.yahoo.co.jp/elromanicoes
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2011-05-04

May 03, 2011 のツイート

  • 21:19  Twilog始めました。ともかく試しです。 http://twilog.org/alba800
  • 22:21  1日のツイートをまとめてブログに表示するように設定してみた。twitterのタイムラインはそのままだと見にくいので。twtr2srcというアプリを使用。ものは試し。
  • 22:29  今日は教師時代の教え子が遊びに来てくれた。朝からあちこちピカピカに磨き上げた(というほどでもない)。おかげで家の中が妙にとりすました風情で片付いている。来客の効用:-)しかし、早速いつもの状態に戻りつつある:-(原状回復が早すぎる…
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2011-04-23

ブログ整理しました

たいして更新もしないのに、本数ばかり多かったMyブログ。いちおうテーマ別に分けていたのですが、肝心の更新が滞りがちでは意味がない。記事も分散するから「どれ見たらいいんか分からん」という友人のツッコミもあり、自分でも正直、面倒になっていたので、整理しました。

イタリアネタを綴っていた「毎日イタリア!」をこのブログに統合、ついでに、やたら数が増えていたカテゴリーも整理しました。韓国語ブログは、ハングルの練習や学習内容のおさらいを兼ねた自習ノートのようなものなので、別にしています。

ということで、現在アクティブなMyブログは、下の2つです。

■Dolce Vitaでいこう(メイン)

■안녕하세요(アンニョンハセヨ)―韓国語の部屋

過去HPのデータを移行したブログは、現在は更新していませんが、アーカイブとして残しています。狂おしいほどのイタリア愛に身を焦がしていた、若かりし日の記録として…。よければご一読ください。
※イタリア愛は、今も熱く現在進行形です。

■Studio ALBA (1996~2001年頃までの記録)
http://italianote.blogspot.com/


なお、下記はMy NPOのブログ&Twitterです。ALBAのブログ&Twitterと併せて、リンク&フォローしていただければ嬉しいです。

■ART×LIFE★NPO法人ライフスキル研究所
http://lifeskill.blog.so-net.ne.jp/
http://twitter.com/#!/lifeskill01

2011-04-16

外国は韓国が初めてです

여라분, 오래간만입니다.^^ (ヨラブン、オレカンマニニダ)
皆さん、お久しぶりです。

ひたすら「書いて」「発音する」ハングル習得の日々が一段落し、先月半ばからようやく会話らしい会話に入りました。授業中のロールプレイも増え、がぜん楽しくなってきたところです。といっても、まだ「私は~です」「出身は~です/ですか?」ぐらいしか言えませんが^_^;

それでも、文字学習のハードルが高かったのに比べ、実際の会話に入ると、むしろ韓国語は易しく感じます。ああ、文法が似てるってこんなに有難いことなのね~、と思わず感涙にむせぶことも。それを実感するのが、次のような文章に出会ったときです。

外国は 韓国が 初めてです。
외국은  한국이  처음입니다. (ウェググ ハングギ チョウミニダ)

分解すると、

외국(ウェグッ) =外国
은(ウン)       =[助詞]~は  ※パッチム有の単語の後の場合
한국(ハングッ) =韓国
이(イ)        =[助詞]~が  ※パッチム有の単語の後の場合
처음(チョウ) =初めて
입니다(イニダ) =です

―あああ~、まんまやないの~。単語置き換えたらエエだけやないの~。(感涙)

これが英語だと、こうはいかないですよね。いわゆる「象長い」式の文は、そのままでは英語に訳せません。それで、一旦(頭の中で)「象の鼻は 長い」とか「象は 長い鼻を もつ」など英語的な日本語に置き換えてから訳すことになります。上の文だと、例えば、

韓国は 私が訪れた 初めての外国です。
South Korea is the first foreign country that I visited.
South Korea is the first foreign country for me to visit.

というような具合になり、関係代名詞やらto不定詞やらのニオイがしてきて、どうも面倒くさい。

―でも、ああ、韓国語なら、そんなことは、ぜ~んぜん必要ないのよ~。(感涙)

というわけで、まだあまり難しい構文が出てきていないこともあり、しばし快感に浸っているのでした。

안녕!

2011-04-11

風景画に思う

去る3月23日、シニアCITYカレッジ(NPO法人シニア自然大学校主催)で美術の見方・楽しみ方についてのレクチャーをしました。受講者はシニアエイジの方々50名強、今年で3年目になります。レクチャーとディスカッションを合わせて4時間の長丁場ですが、毎回きわめてモチベーションの高い皆さんのポジティブ・パワーに、むしろ短く感じられるぐらいです。

一昨年の歴史画・宗教画、昨年の裸体画に続き、今回は西洋絵画の中でも特に多くの人々に親しまれている「風景画」に光を当てました。

雪舟(15ce)
アルトドルファー(16ce)
クロード(17ce)
ホッベマ(17ce)
フリードリヒ(19ce初頭)
モネ(19ce後半)

古来より山水画を愛でてきた東洋に比べると、西洋の風景画の歴史はかなり新しいのですが、近代絵画に欠かすことのできない重要なジャンルになりました。それでも、その成立の過程には様々な紆余曲折があり、芸術論争があり、芸術的実験がありました。たいてい背後は金地一色だった中世のイコン、やがて背景に自然や街の情景が表れ始め、さらに主題の物語より風景描写そのものに重きが置かれた英雄的風景画の登場、そして独立した風景画へと、数百年の軌跡は西洋の芸術観・自然観の軌跡をたどるようでもあります。

実は学生時代の研究テーマはロマン主義の風景画でした。その後他のことに興味が移り、風景画からは離れていましたが、今回久しぶりに風景画の歴史をひもとき、当時読んだ本の内容や考えていたことなどがフィードバック。折しも東日本大震災の直後、自然の猛威の前になすすべのない人間というロマン主義的観念を改めて思い起こし、複雑な気持ちにもなりました。

自然と人間―両者の関係は、共存と闘いの二極の間をゆらぎながら、ここまできたように思います。自然は、決して一面的には捉えられない。大きな恵みと大きな破壊をもたらし、決してどちらか一方の顔だけで私たちと付き合ってはくれない。それは、どんなに技術が進歩しても変わらないことでしょう。どこまでも“便利”が追求されていく現代、生の自然に触れることがますます少なくなるがゆえに、近代の入り口にロマン主義者たちが抱いた、畏怖に満ちた自然観を思い起こすことは、アクチュアルな意味をもつのかもしれません。